各がんの基礎知識乳がん
乳がんの基礎知識
乳がんは乳房の乳腺組織に発生する悪性の腫瘍の総称で、現在の日本では年間10万人をこえる人が乳がんにかかるといわれ、罹患率は女性のがんの第一位です。特に40歳代から60歳代にかけて多く、他のがんに比べ若い人の罹患も多いがんです。現代女性のライフスタイルの変化や食生活の欧米化などが乳がん増加の背景として考えられています。乳がん診療は診断、手術、薬物療法、放射線治療、乳房再建、緩和ケアなど多岐にわたり医師だけでなく看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーらメディカルスタッフとともにチーム医療に患者さんを支え、質の高い乳がん診療を提供いたします。
乳房の構造
乳房はおもに乳汁(母乳)を分泌する乳腺組織と、これを包み込む脂肪組織から作られ大胸筋に支えられています。乳腺組織は15~20の乳腺葉に分かれており、乳汁は腺葉から放射線状に枝分かれした小葉で作られています。
また、乳房にはたくさんのリンパ管が通っており、わきの下の腋窩リンパ節に集まっています。これ以外に近いリンパ節としては、胸骨の隣にある内胸リンパ節と、鎖骨の上にある鎖骨上リンパ節があります。
乳がんとは
乳がんは乳房の乳腺組織に発生する悪性の腫瘍です。母乳が作られる小葉からその通路となる乳管に抗する部位から発生し、増殖しながら乳管の内側をたどって進行していきます。
乳管の内側にとどまっているがんを非浸潤がんといい、リンパ節や他の臓器に転移することはなく、非常に早期のがんです。検診や画像診断の技術進歩により非浸潤がんで発見される方は乳がん全体の約15%となっています。
がんが乳管の壁を越えて周囲の組織までおよんだものを浸潤がんといい、リンパ節や遠隔臓器に転移する可能性があります。
乳がんの原因と予防
乳がんの多く(90~95%)は食生活や女性ホルモンなどの環境因子の影響が複雑に関与して発症していると考えられています。食生活や生活習慣については閉経後の肥満や喫煙、アルコール摂取は乳がん発症リスクが高くなることがほぼ確実とされています。乳製品や大豆食品の摂取や閉経後の運動習慣はリスクを低くするとされています。女性ホルモンに関しては妊娠・出産、授乳および月経歴はホルモン受容体陽性の乳がん発症リスクに関連していると考えられています。
また、乳がんの5~10%は遺伝性であるといわれています。家系内に乳がんの患者さんがいる女性は乳がん発症リスクが高いことが知られています。遺伝性乳がんに関してはその可能性を考慮して乳がんの遺伝に関する遺伝子の検査を受けることを一つの選択肢として提示する場合もあります。
乳がんの症状
乳がんの症状には主に以下のようなものがあります。
1乳房のしこり
小さいときにはわかりづらいですが、ある程度の大きさになると自分で触って確認することができます。乳がんのしこりは一般的に痛みを感じることは少なく、気づかないうちにしこりが大きくなることもあります。しこりだけでは良性か悪性の判断はできないので、詳しい検査が必要となります。
2周辺のリンパ節の腫れ
乳がんは、乳房の付近にある「腋窩リンパ節」「内胸リンパ節」「鎖骨上リンパ節」に転移しやすいです。そのため、転移によってリンパ節が腫れリンパ液の流れが滞ることで腕のむくみやしびれといった症状が現れる場合があります。
3乳頭からの分泌物
透明、淡黄色、ミルク色といった分泌物が少量の場合は問題ありません。しかし、これらの色以外の分泌物がみられる場合には乳がんの可能性があります。
4乳房の「えくぼ」や「ただれ」
乳がんが乳房の皮膚付近にまで達すると、乳房にえくぼのような凹みや皮膚が赤くなるといった症状が現れます。乳房の皮膚がオレンジの皮のように赤く腫れる場合は、「炎症性乳がん」の可能性があります。
乳がんの検査・診断
乳がんの診断のためには複数の検査が必要となります。主に以下のような検査が行われます。
1視触診
視触診とは,乳房を観察し,手で触って(触診といいます)乳房やリンパ節の状態を検査するものです。乳房に変形がないか,乳頭にただれや分泌物がないかなどを観察します。また,乳房に直接触って,しこりの状態などを調べます。首やわきの下のリンパ節が腫(は)れていないかどうかも触れてみます。触診では,しこりの場所,大きさ,硬さ,しこりの境目がはっきりしているかどうか,よく動くかなどを調べます。
2マンモグラフィ
マンモグラフィとは乳房をできるだけ引き出して,圧迫板という薄い板で乳房を挟み,圧(お)し広げて撮影する乳房のX線検査です。検査には多少の痛みを伴うこともありますが,圧し広げることで診断しやすい写真が撮影でき,かつ放射線の被曝量も減らすことができます。
マンモグラフィでは,腫瘤(しゅりゅう)や石灰化などが確認できます。腫瘤とは,マンモグラフィ上やや白くみえる塊(かたまり)で,良性のしこりであることも,がんであることもあります。石灰化とは,マンモグラフィ上,真っ白な砂粒のような影で,乳房の一部にカルシウムが沈着したものです。良性でも悪性でも石灰化は起こりますが,石灰化の大きさや形、分布などから悪性を疑うことがあります。
デジタルマンモグラフィ機器
マンモグラフィ:乳がんを疑う腫瘤
マンモグラフィ:乳がんを疑う石灰化
3超音波検査(エコー検査)
乳房に超音波を当て,その反射波を利用して画像をつくります。超音波検査は乳房内にしこりがあるかどうかの診断に有効です。マンモグラフィで高濃度乳房(乳腺の密度が濃い状態、しこりがあるかがわかりにくい)場合でも,超音波検査ではしこりの診断をすることができます。そして,しこりの形や境目部分の性状などで,多くの場合,良性なのか悪性なのかを推測します。しかし,マンモグラフィと超音波のどちらかでしか発見できない乳がんもあるため,精密検査においては通常両方の検査を行います。
右乳房に11mm大の不整形な乳がんを疑う低エコー腫瘤を認める
4病理検査
画像診断で良性か悪性かの区別がつかない病変やがんを疑った場合には,乳房に細い針を刺して細胞を採取する細胞診や,局所麻酔下でやや太い針を刺して行う組織診(針生検(はりせいけん))などが必要になります。また当院ではより多くの組織を採取できるマンモトーム生検などを症例に応じて行っています。
5その他
がんの広がり診断のために必要な検査
乳房内やリンパ節への広がりだけでなく遠隔転移の有無などを調べるためにCT検査、MRI検査、骨シンチグラフィ、PET検査を病状に応じて行います。
CT検査
左乳がん
左腋窩リンパ節腫大
CT検査
左乳がん
画像比較
乳がんの治療法
乳がんは、乳がんの生物学的性質(サブタイプといいます)に応じて再発率や、治療薬の効果が異なっています。そのため乳がんの治療を考える際には、がんの進行度だけでなくサブタイプも治療を決める重要な因子となります。遠隔転移のない乳がんでは再発リスクを減らすための術前術後の補助薬物療法も進行度やサブタイプによってそれぞれ異なり、それぞれの患者さんの全身状態や希望などを考慮して決定されます。実施される治療は、「外科的療法」「放射線療法」「薬物療法」の3つがあります。
1外科的治療
手術によって乳房にできたがんを切除する治療方法です。他の臓器などへの転移が認められない場合は、切除による治療が一般的です。手術方法には「乳房部分切除術」と「乳房全切除術」があります。手術方法の選択や、切除範囲は乳がんの大きさや広がり方によって決定されます。また、どちらの手術方法でも適切にがんが切除されていれば、その後の治療経過に差はないといわれています。
乳房の手術
・乳房部分切除
「乳房温存手術」と呼ばれることもあります。がんの広がりを厳密に評価して、乳腺を部分的に切除する方法です。切除する範囲が広いほど乳房の変形が強くなるため、がんの大きさと乳房のバランスを考えて手術の術式を選択します。手術後には温存した乳房へ放射線治療を行います。術前のしこりが大きい場合には、手術前に薬物療法を実施して腫瘍を小さくしてから手術を実施する場合もあります。乳房部分切除の場合、手術後に切除した組織の病理検査で温存した乳房にがんの取り残しがあると考えられる場合には追加の手術をお勧めする場合があります。
・乳房全切除術
乳がんが広範囲に及んでいるときや複数のしこりが存在する場合に、乳頭を含んだ全乳房を切除します。この場合、一般的に乳房への放射線治療は必要ありません。
腋窩リンパ節の手術
・センチネルリンパ節生検
がん細胞がリンパ管の流れに入り、最初に行き着くリンパ節を「センチネルリンパ節」といいます。このセンチネルリンパ節を見つけ出し、がん細胞の有無を調べることをセンチネルリンパ節生検といいます。センチネルリンパ節にがんの転移が認められなければ、その後の腋窩リンパ節の検査の省略が可能です。また、センチネルリンパ節への転移がある場合でも一定の条件下であれば腋窩リンパ節の検査省略が可能なこともあります。
当科では対象の患者さんに山口大学が開発したCT-lymphographyを行い、手術前にセンチネルリンパ節の位置や個数、リンパ節転移の状況を把握することができ、非常に有用な情報として手術に役立てています。
・腋窩リンパ節郭清(かくせい)
手術前の検査でリンパ節にがんの転移が認められた方、センチネルリンパ節生検で転移が見つかった方が適応となります。腋窩リンパ節は脂肪組織の中に存在するため、これらをひとまとめにして切除します。またリンパ節郭清の結果は、再発の可能性の予測や術後の薬物療法が必要かどうかを判断する上でも重要になります。
2放射線治療
当院では放射線治療科に依頼して行っています。
放射線をがん細胞へ照射し、がん細胞の遺伝子を傷害して増殖を阻止する治療方法です。主に手術後の再発防止や、骨に転移した場合の症状緩和の目的で実施されます。
3薬物療法
乳がんの薬物療法は「化学療法」「内分泌療法(ホルモン療法)」「分子標的療法」に分けられます。
・化学療法
化学療法は抗がん剤を使用してがん細胞の増殖を抑制し、がんの進行や転移、再発を防ぐ効果が期待できます。化学療法の有効性に関しては多くの臨床試験で確認されており、術後の再発予防効果や生存率向上が示されています。化学療法の副作用対策も進歩しており、ほとんどの治療を外来通院にて行うことができます。
・内分泌治療(ホルモン療法)
多くの乳がんは女性ホルモンの刺激を受けて増殖することが知られています。内分泌療法は女性ホルモンの分泌を抑制したり、乳がん細胞が持つホルモン受容体をブロックしたりすることによって、乳がん細胞の増殖や転移をおさえる治療です。
・分子標的療法
乳がんのうち約20%~30%のものはHER2と呼ばれる、乳がんの増殖に関与していると考えられているタンパク質をもっています。分子標的療法はこのHER2を効率的に攻撃して治療する方法です。
4乳房再建
乳房全摘を行う場合、経験と実績が豊富な形成外科と連携して乳房再建を行っています。再建方法には、ご自身の腹部や背部の組織を移植する方法(自家組織移植法:腹部穿通枝皮弁法、広背筋皮弁法など)と、シリコンバッグを挿入する方法(エキスパンダー・インプラント法)があります。当院では両方とも可能です。また、一次再建(乳房全摘直後に乳房再建を同一手術内で行う方法)、二次再建(乳房切除手術後しばらくしてから行う方法)にも対応可能です。希望の方には形成外科専門医に紹介いたします。